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取り戻そう日本の美しさを

日本の美、日本の景観、日本人のこころ、日本らしさについて考えるブログです。

国挙げて、日本にもっと日本庭園を増やして欲しい

景観は環境!

公園、というと
ブランコ、滑り台、ジャングルジム、砂場が
セットになっているものがほとんどだ。
確かに子供にはありがたい存在だ。
    
しかしこの国には大人だっている。
大人だって休みたい。憩いたい。
    
今の日本は都市部においても地方においても
憩いの場、というのが少ない。
特に都市部に住む人はかわいそうである。
疲れた心を癒してくれる場所が本当に少ない。
強いて言えば、スタバやタリーズドトールといったところか。
お金を払わなければ落ち着ける場所を確保できないのが現状だ。
    
そこにいるだけで疲れた心が解きほぐれていく。
そんな美しい風景は都市部にはほとんどない。
   
そこで公園。
しかしほとんどの公園は、上記の遊具ばっかりで
その他には、ただベンチがあるだけという
とても殺伐とした風景でしかない。
とってもインスタント、
空き地があるから、子供が喜ぶように
遊具だけは設置しとけ、みたいな感じである。
中には浜離宮のような都市部にしては比較的広い庭園はあるのだが
極端に少ない様な気がするのだ。
本当に、数えるほどしかない。
     
そこで。
    
そう、ここは日本じゃないか。
なぜ日本なのに日本庭園を造らないのだろうか今の市町村は。
なんか謂れがなければ作ってはいけないのだろうか。
     
空き地があれば、どんどん日本庭園を作るべきだ。
その美しさ、静けさに満ちた場所を訪れれば
大人だって子供だって、そこにいて和み、疲れが癒され
心が安らぐだろう。
何かに煮詰まったとき
その美しい風景の中に身を置けば
ふと新しいインスピレーションの一つも得られるかもしれない。
人は何かを作り出すとき
身を置く場所というのはその過程を左右する影響力を持つ。
   
もちろん中途半端な庭園ではだめである。
日本人であれば誰でも美しいと感じるような
きちんとした庭園を造らなければだめだ。
それには専門の造園師の監督のもと、作っていく必要がある。
池、芝、置き石、植木の配置すべてにこだわる。
季節の花を配す。
もちろん変な看板など建てるのは論外だ。
また公園の敷地をあの変なエメラルドグリーンのフェンスで囲うのも
論外である。
その空間は徹底的に美しくなければならず
調和されていなければならない。
    
そこがどんなに狭くても、その公園は日本庭園にするのだ。
そして、日本庭園を身近な存在にしていく。
だが、今までのように子供が遊べる遊具がある公園だって
もちろん必要だ。
     
もし敷地が広めなら、日本庭園と子供向け遊具をどちらも作る。
日本庭園の場所と、子供の遊具の場所を作るのだ。
そして子供の遊具は、日本庭園の色彩と調和させるため
木製のものにするなどしたらどうだろうか。
   
もし敷地が狭い場合、
その公園は子供向けの遊具を置く空間か
日本庭園か、どちらかに、ということになる。
こうするのだ。
その区なり市なりにある公園の総数。
その半分は子供向け、
もう半分を日本庭園に作り替えるのだ。
     
まちがっても、
もう半端なヨーロッパの街角の広場にある様な
噴水など作るべきではない。
ここは日本なのだから、
公園だって日本庭園であるべきだ。
日本庭園は、寺や由緒ある武家屋敷や城などの
ものだけでなく、もっと身近なものでもいいのではないだろうか。
    
「国挙げての着手」シリーズ、いつになるか分かりませんが
書くことが思いついたら、この先も書いていきたいと思います。