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取り戻そう日本の美しさを

日本の美、日本の景観、日本人のこころ、日本らしさについて考えるブログです。

素の自分を愛そう

日本のファッション 日本のファッション

「自分を愛そう」という言葉、よく聞く。
これだけ聞くと、なんかうさんくさいなー、と思う人も
いるのではないだろうか。
なんか押し付けがましい精神論みたく聞こえてきたりして
拒否ってしまう人も多いのではないだろうか。
「自分を愛することと、きれいになること、
 なんの関係があるのよ」と言いたくなるかもしれない。
そこで
「自分を愛す」とは具体的にどういうことなのか、
それと「自分が少しでも美しくきれいになる」ことと
どのような関係があるのか、について書こうと思う。
    
ここで言う「素の自分を愛する」とは
自分の姿、形、色について、
    
まずはよーーく見つめ
  ↓
よく理解し
  ↓
自分でよく納得して
  ↓
自分のものであると、受け入れる。
    
具体的にはこのプロセスではないかと思う。
    
「愛する」対象について。
それは、自分の外見。
自分の顔、体。
それの造形(形)、色について。
     
髪の色、髪質、
目、目の色、目の大きさ、形、
まつげの長さ
顔の形、大きさ、長さ、凹凸具合
眉毛の長さ、太さ、毛の色
(↑まあ、眉毛に関してはいかようにもできるけど)
鼻の形、高さ、
口の形、大きさ、唇の形や色、
肩の広さ、形、
胸の大きさ、形、
腰の細さ、
脚の長さ、形、
体全体については
背の高さ、
全体から見た頭の大きさ
全体的な雰囲気、印象
    
自分の持つこれらについて、余すことなく
見つめることがまず必要だ。
そして、これらについて、
「優劣ではなく」、比較することも
ある程度必要かもしれない。
やはり「全体の中の自分」という広い視点を持つ事が
自分を把握するにおいては大事な事だろう。
比較対象は、自分の身近にいる兄弟姉妹からはじまって
同級生、サークルのメンバ、職場の同僚、バイト先のメンバ、
など比較的狭いところをまず想像するかもしれず、
それもいいのだが、
もっと視点を広げてみた方がいい。
自分の国籍である日本人として、アジア人、欧米人など
自分の国以外の人とも「優劣ではなく、違いとして」
比較してみて、把握することも必要だろう。
     
自分では目が大きいと思い込んでいたのに、そうではなかった。
肌が白いと思っていたのに、欧米人に比べたら全然黄色かった。
髪の毛が茶色いと思っていたのに真っ黒じゃん。
身近にいる人より脚が細くて長いと思っていたのに違った。
といった、一見マイナスに思える事が見つかってしまうだろう。
    
しかし逆に
自分では目が小さいと思っていたけれど、意外と大きかった。
私、周りでは太っている方かと思ったけど、
視点を広げてみれば意外と体スリムな方だったんだ。
自分の目の色って、意外と深い、イイ色してるじゃん。
自分の髪質って、昔は直毛で悩んでいたけれど、
世界の人に比べたら結構いい髪質だ。
胸小さいけれど、形はいい方なのかもしれない。
自分、ガリガリと思っていたけれど、
それはそれでいいかもしれない。
デブ、デブ、言われてきて傷ついていたが
スリムな人には着られない女性らしい服が着れるかも知れない。
などなど、
いろいろなプラスの事にも気づくことができるだろう。
この段階が理解する、ということになるだろうか。
     
冷静になればなるほど、必ずマイナス、プラス、
両方の要素が見つかるだろう。
正確には、本来は違いだけであって、
「マイナス」も「プラス」もないのだ。
    
あるのは「個性」だ。
ひとつひとつの造形や大きさ、長さなどは
パーツ、パーツでは似たような人も多いが
全てのパーツにおいて、姿形すべておんなじというのは
ほとんどない。まれにとても似ている人は存在するが。
それに気づく事が最も重要だ。
これが納得する、ということになるだろうか。
     
そして「自分も捨てたものじゃない」
「日本人にしかない魅力があるかもしれない」
「自分にしかない魅力があるかもしれない」と思えれば
「自分に納得し、受け入れる」ことは成功したと言えるだろう。
     
なにも「自分にしかないもの」までいかなくとも
「日本人にしかない魅力」まで気づく事が出来れば
ほとんどオーケーといっていいだろう。
何しろ「日本人が日本人である事」に対して否定的、
「日本人には魅力がない」と思っている人が多いみたいだから
「日本人は本当は魅力的な個性がある」と気づくというのは
大きい事だ。
     
この気づく事は、一日二日ではできないかもしれない。
一日で済まそうとすれば、
その日がとても悲観的になりがちな気分の日であった場合
「全く良い所が見つからない」ということになりかねない。
最低でも1〜2週間、長くは年単位で
少しずつ気づいていく必要があるかも知れない。
     
しかし、必ず自分の魅力的な部分などを含めた「自分自身」の
姿形において自分の位置をしっかり把握できる時が来る。
その時こそが「素の自分自身を愛する」という段階だろう。
     
ではなぜ、この「素の自分を愛する」が必要なのかについては
次回書いていこうと思う。