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取り戻そう日本の美しさを

日本の美、日本の景観、日本人のこころ、日本らしさについて考えるブログです。

ハードな格好してても、どこかやさしい日本人

日本のファッション

前の記事に日本人の
キーワードとして
「シャープ」を挙げたので、
ちょっと矛盾しているように
思われるかもしれないが
(その辺の事については後程...)
     
私は日本人の良さ、
最大の持ち味として
(特に女性はなのだが)
やはり「やさしさ」
であると思うのだ。
    
そう思ったのは
今まで雑誌などで
いろいろな街角スナップ
(前にも書いた東京、大阪、
 名古屋、仙台...などの)
を見て、である。
各地のおしゃれさんが
たくさん掲載されている特集などを
今まで出た雑誌を
全て見た訳ではないが
数年(いや、十数年かな?)
見てきて思うのは
皆、一見最先端のモードのような
服に身を包んでいるように見えても
全体的に、どこかやはり
「やさしい」という
印象が残るのだ。
不思議なのだが、どんなに
ハードな恰好をしていても
やはり皆、中身の
性格がやさしいからか、
全体的な印象としては
「やさしい」という言葉に
どうしても
落ち着いてしまうのだ。
     
ストリートで
流行しているファッション
全世界的に流行している
ファッションというと
今はどこか「ハード」な印象がある。
H&Mしかり
モッズコートしかり
ブーツやブーティの
テイストもそう、
何気なく履いているジーンズも
Tシャツなどのデザインも
どちらかというと
「ハード」なデザインが多く
そういったものが出回り、
雑誌などでも多く
取り上げられている事から
日本でもハードな
恰好をしている人が多い。
そしてやはり皆、器用なようで
コーディネートもとても
気が利いていて上手い。
街を歩く人達を見ていても、
特に雑誌に載らなくても
基本的に皆おしゃれなのだ。
     
しかし。
    
しかし、やっぱりね....
とっても言いにくいんだけど
その人本来の雰囲気に
似合っているかと言えば....
「似合ってなかったり」
するのだ。
残念ながら。
    
ハードな色やデザインの
服を着ていながら
しかし顔の表情などを見ると
なんというかとても「柔和」で
洋服のハードなテイストと
とってもミスマッチに
なってしまっているのだ。
中身がとても平和で穏やかなのに
外面だけ、なんか無理して
ツッパっているような
そんな感じがしてしまう。
「ナメられたくないんで
 ハードに固めて
 カッコ付けてます」感が
どうしても出てしまっているのだ。
そして、本来もっと
柔らかいソフトトーンや
ライトグレイッシュトーン
似合うはずなのに
黒やカーキなどを着るから
重たくなってしまって
「服に着られている」人が
大半になってしまっている。
残念ながら、そういう印象を
私は抱いてしまった。
    
日本人って
やっぱり性格的に
精神的にそういう風に
育てられているから
なのだと思うけれど
基本的に「やさしい」んだと思う。
まあ最近は教育が
あまり行き届かずな家庭も
あるかも知れないが
どこの家庭でも基本的に
小さい頃から「人にやさしく」
「人に迷惑をかけちゃいけないよ」と
教えられているのではないだろうか。
私自身もそうだった。
いちいち確認しなくても
日本人というのは
「思いやり」「平和」
「なかよく」というのが
親が子を育てる時の
教育方針になっている。
というわけで、その中に育った人は
「やさしさ」をベースに持つ。
     
しかし
出回っている服といえば、
ほとんどがヨーロッパ発。
ドメスティックブランド
である程度日本的に
アレンジはされているのかもしれないが
やはり基本的には
目指す方向は
パリであったり
ニューヨークであったり
欧米の雰囲気に憧れている。
    
その本土の欧米人といえば、
まず欧米の人の顔形も
比較的「ハッキリ」した印象。
そして、幼い時からの
その精神的な影響も
日本のそれとは全く違う。
やはり日本に比べて
「ハード」であると言える。
「自分をはっきりと表明する」
「主張する」
「言いたい事はきちんとハッキリ言う」
「言い争いもコミュニケーション」
こちらではケンカとして
忌み嫌われそうな「ディベート」も
学校で実習として習い
経験を積む。
そのような環境で
育ってきている欧米人は
日本人に比べて
「強くて」「ハード」な
雰囲気を持っている。
欧米を発端とした洋服、
欧米から発信された
流行の洋服というのは
やはり欧米人に似合うように
作られたもので
そのテイストはおのずと
「強い」「ハード」なものに
なっていくのだと思う。
    
日本人は
欧米人に似合う
「強い」「ハード」な
服や流行を「借り物」として
日本にも輸入させ
マネして着用しているに
過ぎなかったりするわけだ。
その日本人が独自に持つ
「やさしさ」を犠牲にして。