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取り戻そう日本の美しさを

日本の美、日本の景観、日本人のこころ、日本らしさについて考えるブログです。

愛が私に語ること

日本人のメンタリティ

マーラー交響曲第3番、第6楽章に
作曲家自身が付けたとされる副題である。
       
愛とは何か。
「愛をつかむ」とか「ゲットする」
とかよく言う。
今、バレンタイン商戦真っただ中。
よく聞かれるフレーズだ。
    
愛って、果たして男女間だけのものか。
昔はそうだろうと思っていた。
それしか知らなかったからだ。
といっても私はうまくいった恋愛より
失恋の方が数多いので、
なんにも語る資格は無いのだが。
    
男女間の愛。
それはそれで、良いものかも知れない。
しかし、愛というものは
そんな、男女間でのホレタハレターなんてのより
程遠い、深さがあるように思われる。
     
愛はもちろん物質ではない。
     
愛というものは、
既にそこに存在しているのではないか、
そんな風に思うようになって来た。
その、そこに存在する愛に
気付くようになっていく
そのプロセスが人生なのかも、と。
     
チャネリングというものがある。
地球外生命からのメッセージを
チャネリングによって受け取る、
という人が最近多いらしい。
いくつかそのメッセージが
掲載されたブログなどもよく見る。
本もいくつか出ている。
    
それによると「愛」というものは
宇宙に溢れていて、
愛で宇宙が出来ているそうなのだ。
創造主、というものが宇宙にはいて、
その創造主は「愛」そのものなのだそうだ。
そして愛=光、なのだそうだ。
     
地球というものは、今まで闇に閉ざされていた、
という情報がある。
闇の勢力の所為で、地球上の人類は
恐怖、貧困、暴力、搾取、などに喘いできた。
しかしもうすぐ、
地球は光=愛の星になる、という。
そして今までのネガティブな物は
すべて地球上から姿を消す、
ということなのである。
本当かどうかは分からない。
少なくとも私は確かめ様が無い。
しかし今後、地球上の人類は
友好的な宇宙人と交流が始まり、
宇宙人により、富の分配、
戦争放棄といったことがなされ
地球は愛に溢れた平和な星に
なるのだというのだ。
      
しかし、それには、地球人自身が
それを望まなくてはならないらしい。
地球人自身が望まないまま
宇宙人が介入することは
違反になるのだそうだ。
     
とまあ、こんな情報があることはある。
だいぶ横道に逸れたようだ。
      
愛というものは
どんなものでも対象になるのではないだろうか
というのが最近の私の実感だ。
配偶者に対する愛、恋人に対する愛、
子供に対する愛、両親に対する愛、
配偶者の両親に対する愛、甥姪に対する愛、
その辺にいる野良猫に対する愛、
そこに咲いている花に対する愛、
自分がいつも乗ってる車に対する愛、
今使っているキーボードに対する愛....。
根源はみな同じなのかも知れないと
最近思う。
      
一見愛と程遠い関係である憎しみの感情。
しかしその憎いと思っている人、
あの人むかつく、と思っている人
ありえないと思っている人、
その人に対する気持ちも愛のひとつ
なのかもしれないと感じるようになった。
      
愛、とは「気持ちを向けること」
そのものなのかもしれない。
     
気持ちを向けること、その前に、
私自身は、いろいろなものから
気持ちを向けられている。
いや、私自身だけではない。
今生きている人、皆、
誰かしら、何かしらに気持ちを向けられている。
つまり誰かしら、何かしらに愛されている。
と思う。
牛丼屋さんに入って、美味くて早い牛丼を供される。
これだって愛されている一つだ。
     
今このブログを読めるようになるまでも、
おぎゃーと生まれてから、母に乳を与えられ
離乳食を食べさせてくれて、服を着せてくれて
父親が一生懸命働いてくれたお金で建てられた家で
雨風に晒されること無く眠ることが出来て、
小中高大、学校に行くことが出来て、
職場の上司や先輩に気にかけられ、教わって、
会社から給料をもらって、福利厚生手当てされ、
組合のお陰で立場も守ってもらえる。
これだけいろいろとしてもらってきている。
ほんのわずかかもしれないが、
これらだって愛なのだ。
       
それらの有り難さに気付くか否か。
たった1%だって愛されたなら
感謝すべきなのだろうと思う。
100%の愛し方でなかったら嫌だ、という人は
傲慢な人なのかも知れない。
言葉が悪くって、悪態しか付けない人に
散々悪口を言われてしまったとしても、
その人にとっては、愛の行動だったのかも知れない。
それを愛と受け取れるか。有り難いと思えるか。
      
分かりやすい愛。解りにくい愛。
複雑怪奇な愛。
どんな愛にも気付けるようになれるか、
そこに掛かっているのかも知れない。
単なる勘違い、ということも
あるのかもしれないが。