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取り戻そう日本の美しさを

日本の美、日本の景観、日本人のこころ、日本らしさについて考えるブログです。

黙祷

わたしごと

この事に関しては、なんにも言えません。
沈黙するしかありません。
東日本大震災の事。
      
今、私は風邪を引いて38℃の熱を出していますが、
寝室に行けばちゃんと温まる暖房があるし、
ふかふかの布団で寝ていられるのです。
まったく、有り難い事なのです。
     
あの日以来、暫くこのブログが書けなかったのを
覚えています。
自分の書いているブログの内容と言えば
景観、うんぬん、ファッション、うんぬん。
でも、そんな事言ってらんなくなりました。
もちろん、ファッションに携わっている方、
景観や都市計画に携わっている方を
軽んじている訳でもなんでもありません。
     
私は本当に無力だと思いました。
私は心身の健康があまり良くないので
被災地に駆け込んでボランティアしたり
炊き出ししたり、とても出来ませんでした。
あまりの事の大きさに途方に暮れていました。
      
あれ以来「絆」という言葉がよく使われます。
しかし先程テレビの3.11特集を見ていたら、
「絆、なんて言葉はもう使わないで欲しい。
 絆という言葉が安っぽくなって来てしまうから。
 それより何より、ガレキを一刻も早く受け入れてよ。」
という被災地の女性の声がありました。
    
そして、未だ復興どころか荒涼とした大地が広がる
陸前高田市の市長さんも
「一年もこんな状態で放っとかれている。
 もしこれが東京等の大都心だったら
 未だこんな状況に放っとかれなかっただろう。」
と話していました。
       
復興どころか片付けもされていない。
とても今人の住める状況でもない。
これが現実なのだとひしひしと感じました。
      
どうしたら良いのでしょう。
私自身は無力過ぎて何も出来ません。
せいぜい、お釣りを募金箱に入れる事位です。
      
よく「国の対策が悪い」と
国の対応に対して怒りをぶつけたり批判したりするのを
テレビなどではよく見掛けるのですが、
私自身は、国だって、それだって精一杯
出来る事はやっているのではないかと思います。
でも、努力はしても、行き届かない。
こういう状態なのだと思います。
それだけ、今回の震災は
はかりしれないものだったのだと思います。
だから国がまったく対応していない、というのは
どうかと思うのです。     
私がもし総理大臣だったら、
国が買えるくらいの大富豪だったら、
何か出来たのでしょうか。
     
本当に何も言えません。
未だ仮設住宅に入れず避難生活を続けている方も
いらっしゃると聞きます。
あの日以来、仕事が無くなってしまって
生活の経済的見通しが立っていない方々も
いらっしゃるようです。
そして、福島原発の停止化に
命を懸けて携わっている方々がいらっしゃいます。
未だ3000人を超す行方不明者を探している方々。
(携帯のニュースではほとんど毎日
 震災の死者、行方不明者の人数が示されますが、
 だんだん減って来ている。
 と言う事は、それだけの被災者が
 誰かの手によって発見され救出された
 という事なのですよね。)
こういった事を聞くと本当に胸が痛くなります。      
       
とにかくこの震災を忘れてはならないのだと思います。
直接的な事は殆ど出来ないけれど
忘れない、という事は続けて行こうと思います。
      
「祈り」というのは力があると聞きましたが
本当にそうなのか。定かではありません。     
もう少しで震災から一年、その時間になります。
きっと黙祷が捧げられるでしょう。
私も被災地から遠い地で、黙祷を捧げたいと思います。

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