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取り戻そう日本の美しさを

日本の美、日本の景観、日本人のこころ、日本らしさについて考えるブログです。

水道の水が飲める幸せ。日本はつくづくインフラが整っている国だと思う。感謝しかない。

日本人のメンタリティ

この記事を日本人の
メンタリティカテゴリに
していいものかどうか。
ま、いいや。
      
日本人である私達は、
都心等の水では少々
カルキ臭が出るものの
蛇口の水をひねれば
当たり前のように水が出るし、
コップに入れて
それを直接飲むことも出来る。
もし浄水器を付ければ完璧だ。
      
私の住む地域では
(田舎なので)
その水源は
どこかの井戸水らしい。
(流石にその場所は
 公開されてない。)
なので
水がとても美味しい。
蛇口をひねって、
コップに入れて
それを飲む。
それだけで
満たされたひとときを味わえる。
私にとって
とても幸せな時間だ。
      
今日私は風邪を引いていて、
一日休んでいる。
ほとんどの時間
寝て過ごしているが、
たまに起きて
こうして水を飲んで
水飲みタイムを味わっている。
      
しかし
世界を見回すと
どうもこういった光景は、
全くもって
当たり前ではないらしい。
蛇口から出る水を
飲料水に出来るのは
ほとんど日本でだけであり、
先進国でもほとんどの国が
蛇口から水は出るが
飲料水には適さず、
水を飲みたいなら
市販されている
ミネラルウォーターを
買って飲まなければならない、
という。
この事は、もう殆どの
日本人も知っているだろうけれど
改めて考えると、
日本で暮らすというのは
何と有り難いことかと思う。
      
日本というのは
そういったインフラが
きちんきちんと
あまねく整備されている国だ。
     
しかしその日本のインフラ、
整備されるようになってから
50年が経とうとしていて
50年前に整備された設備が老朽化、
水道管の破裂やなんかが
あちこちで
起き始めてきているらしい。
     
国に払う税金の半分程が
インフラ整備に
使われていると聞く。
老朽化したものの修復に
また多額の税金が
投入されていく事だろう。
     
なにかちょっと
不祥事等が起こると、
「税金を無駄遣いするなーーー!」
という声が上がるが、
税金は、なにもそんな
無駄な事ばっかりに
使われる訳ではなく、
ちゃんと私達の生活の為にだって
使われている。
まず、そのことは
「有り難い」と
きちんと思わなくては
ならないのではないか。
      
今回の記事の中で
何が言いたかったか。
それは、
「有り難い時には
 きちんと有り難いと言おう」
ということだ。
      
「物質的には恵まれても
 幸せにはなれない」
という言葉をよく聞く。
確かにそうかもしれない。
こんなに物質的に豊かでも
この国では毎年3万人が
自ら命を絶っている。
そこまでいかなくとも
何万人もの人が
鬱病を患っている。
     
しかし、
国がこうやって
日本人ひとりひとりが
暮らしていける環境を
整えてもくれている。
このことを
「あたりまえ」と
思ってはいけない。
このように
物質的に恵まれた環境で
暮らしていけていることに
もうちょっと
感謝してもいいかもしれない。
「有り難い」と
口に出してもいいかもしれない。
     
蛇口をひねれば
飲める水が出る。
毎日お風呂に
入る事が出来る。
歯を磨く事が出来る。
汚れた衣類を
洗濯機で洗濯する事が出来る。
温かい布団に入って
寝る事が出来る。
近くに出かければ
総菜屋やコンビニで
お弁当が買える。
食材が買える。
ガソリンが手に入って、
車に乗り、
きちんと舗装された道路を走り
目的の場所に行く事が出来る。
・・・・・
      
これらが
当たり前に出来ない国が
世界にはたくさんある。
このような生活が送れるのは
世界でも一部の国だけで、
日本は最も恵まれた国の
一つである。
その事に
もっと日本人は感謝しても
いいのではないだろうか。
        
この先は
内容に馴染めないなら
放念して構わない。
     
こんな話がある。
本当かどうかは解らない。
しかしヒプノセラピー
チャネリングなどで
様々な人が同様な内容を
受信しているようだ。
それは、
「このような生活が
 地球上で送れるのは
 あとわずかな期間しかない。」
というものだ。
      
上のような物質的に
恵まれた生活のために
敷かれたインフラ整備。
また、化石燃料の採掘。
そして
上には書かなかったが
原子力の使用など。
また、長引く戦争。
こういったことは、
地球の環境を著しく
損なうものであり、
地球は長年
傷ついてきた。
      
ある話によると
地球にも人間のように
「意識」が存在するらしい。
地球も大きな大きな
ひとつの意識体だというのだ。
地球の意識が
人間が築いた文明の所為で
深く傷ついている
というのだ。
       
今後、そのような、
地球を傷つけるような
行為を続ける人間は、
この地球上から消されてしまう
というのである。
自然淘汰だ。
     
地球は
そういった汚染等に対して
浄化作用を行う。
それが、地殻変動であり
気象変動だ。
地震、嵐などである。
特に数年前から
その地球の浄化作用が
強くなっていて
それは、汚染をするような
人間が淘汰されるまで
続けられるという。
      
その結果、地球には
自然と調和して共存するような
生活をする人間しか
残らない、
そういう人間だけが
これから残っていく、
というのだ。
       
この話、本当に本当なのか、
私は解らない。
しかし
今のような文明生活を
人間はずっと送れるのか
どうかについては疑問だ。
どこかの時点で
自然と共存するような
生活スタイルに
昔のような生活スタイルに
戻していかなければ
ならないのではないか、とは
何となく感じる。
それがいつなのか
ということだろう。
     
こんな話がある。
      
今後
地球上にある陸地は
度重なる洪水等で
どんどん減っていく。
人々はどんどん
山奥の方に住むようになり、
自給自足の生活を送るようになっていく、
というのだ。
電気はほとんど使わない
もしくは
自然エネルギー
ほとんどまかなうのだとか。
      
皆、農業をしながら
今よりももっともっと
素朴な生活を
していくのだろうか。
日本でも
こういった生活スタイルに
シフトしていくのだろうか。
     
「世界一幸せな国ブータン」が
テレビで特集されたりしたのも
単なる偶然ではなくて、
日本が近い将来
そのようになるよ、
という暗示だったのだろうか。
      
日本人のメンタリティは
どうなっているだろうか。
幸せ、と感じている人は
増えているだろうか。
もしこのように日本人の生活が
シフトするならば
今、私達はなにを考えて
暮らしていけば良いだろうか。
      
ちょっとまだ今は解らないが、
こんな事を少しずつ
考えていってみようか
と思う。