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取り戻そう日本の美しさを

日本の美、日本の景観、日本人のこころ、日本らしさについて考えるブログです。

他人を嘲笑する「お笑い」にはうんざり。こういう番組を見たら、ガンガンBPOに訴えるべき。

日本人のメンタリティ

自分自身が疲れているのかもしれない。
だからそう聞こえるのかもしれない。
いや違う。
いや、そうかもしれない。
いや、よくは分からない。
     
街を歩いていて
また電車に乗っていて
何となく聞く周りの人々の会話。
笑いが起こる。
しかしその笑い、
誰かの事を嘲笑した感じのものが
とても多いような気がする。
そこに居る人の事、
居ない人の事。
なんでもいいが、
ひどく攻撃的に嘲笑している訳ではないんだけど
軽く、その軽くが微妙なのだけど
やっぱり嘲笑。
自分自身も知らずに
そういう笑いをしてしまう。
もう、そういう風に
習慣になってしまっている。
      
少しなのだけど
何かを軽く見下したような笑い。
      
笑いって、そんな事の為に
起こるものだったっけ。
      
もっと人を幸せにさせる為の
ものではなかったか。
      
考え過ぎの域を出ないかもしれないが
また芸人さんのネガキャンをしたいわけでもないが、
私は「お笑いブームの弊害」
ではないかと思う。
     
もう一つは
テレビ番組、
特にバラエティ番組の作り方の
弊害があると思う。
      
いわゆるノリツッコミの弊害
とも言えるかもしれない。
      
誰かを叩く。
誰かの喋りを軽く見下す。
そして笑いが起こる。
(音効も手伝ってね。)
それが電波で流れる。
日本全国に。
      
今の日本人は
テレビの現実が本当の現実であると
思う人が多いらしい。
テレビはテレビ、
現実は現実と分けられない人が
多いらしい。
だから、テレビで流れたものは
鵜呑みにする。
概念も思想も。
     
日本全国のどのくらいの割合の人が
テレビ即現実と影響を受けるのか分からないが
三分の一だとすれば
テレビで流れた質の悪いノリツッコミが
誰かを叩いて笑いを取る嘲笑癖が
4000万人に伝播する事になる。
おお、くわばらくわばら。
     
そりゃ、全国でいじめが生まれる訳だわ。
その嘲笑がエスカレートして
犯罪行為に繋がるのだとすれば。
中学生にも色々いて
判断能力の著しく低い中学生は
抑制する、という事がないからな。
人が一人屋上から飛び降りて全身打撲で即死しといて
にもかかわらず
「冗談のつもりだった」とか
ほざくんだろ?
その冗談というのが
「バラエティ番組の真似」
「芸人の真似」とかなんだろ?
     
      
「笑いが大切」
「笑いが健康を生む」
とかよく言われる。
しかしそのまま受け取れない。
なぜなら今広く分布している笑いは
嘲笑が多いからだ。
嘲笑が健康を生む?
冗談じゃない!
くそくらえ!
つい、そう思ってしまう。
嘲笑と本来の笑いの違いが分からない人によって
「笑いは健康になるから」と
嘲笑をまき散らしてみろ。
4000万人による嘲笑癖が
更なるいじめ社会を生むのだろう。
世も末だな。
      
なんか
イルミかなんかによる
日本人人口削減計画の一環なんじゃねーのと
思えてしまうわな。
どっかからどっかに大量にカネが流れてっかもな。
笑い(=嘲笑)によって
人々の繋がりの反対の分断を生み出して
更なるいじめ社会を作って被害者を出して
どんどん傷ついた人間を自殺さすだけ自殺さして
気付いたら日本人の人口三分の一になってました。
しめしめ、的な。
まあ既に年間三万人の自殺者が出てんだから
半分成功かもな。
それか年間五万人を目指してんのかな。
そいつらは。
      
     
笑いは
起こす側受ける側双方が
幸せな気持ちになるものでなければ
ならないのではないか。
     
その笑いで
誰かが傷つくのなら
それは笑いとは言わない。
     
笑いは
双方を最終的に
精神的に繋げるものでなければ
ならないのではないか。
      
その笑いで
精神的に分断が起きるのであれば
それは笑いではない。
       
      
わたしたちは
今ある「笑い」を
一度リセットして
考え直さなければならないのではないか。
      
本当に笑いで人の繋がりを作るために。
      
本当に笑いで人々が幸せになるために。
      
      
もう毒のある笑いは
嘲笑は
聞きたくない。
見たくない。