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取り戻そう日本の美しさを

日本の美、日本の景観、日本人のこころ、日本らしさについて考えるブログです。

あなたという個性は「宇宙でただ一つ」。

日本人のメンタリティ

今週のお題

「これって私だけ?」

という事なので、

今日の話は

「あなたという個性は

 宇宙でただ一つ

 なのですよ」

という話をしたい。

 

どこかで見たの。

ネットの記事だと思うんだけど

「私やあなたという個性は

 他にはない、

 宇宙でただ一つだ」

という事を。

「世界で」とか

「地球で」とかではない、

「宇宙で」、

というのがミソだね。

地球人だけでなく

金星人やシリウス

アンドロメダ人

プレアデス人など

地球外の生命を含めた

宇宙に在るすべての存在の中で

私やあなたという個性は

ただ一つ、なんだってさ。

 

これは私は

本当の事だと思う。

その証拠に、

私は今まで

「この人は私と同じだ!」

という人に

まったくもって

出会った事が無い。

本当に無い。

部分的に

似ている所はあっても

ほとんど同じという

事が無い。

まず、私と同じ容姿の

人が存在しない。

 

だから、今週のお題

「これって私だけ?」

というような事は

あって当然だ!と思う。

こんなのは

ごくごく当たり前の事だと

私は思っている。

 

よく人との会話で、

「あ〜!同じ同じ〜!」

とかいって盛り上がったりする。

で、逆に、違うと

「あ、、そうなんだ、、、」

とかいって

急に場が白けてしまったりする。

あれなんとかならんかねー。

違って当たり前なのに

なんで違うと白けるの?

いいじゃん違って、

と思うんだよ。

 

「へえ〜〜〜!

 そうなんだ〜〜!

 面白いねえ〜〜!」

と違いをもっと楽しめばいいのに。

私なんかうちのダンナとは

しょっちゅう

「そうなんだーー

 全然違うなーー

 面白いーー」

とか言い合っている。

まあ、ある程度

暮らしていく上での

信条などの共通点が無いと

配偶者として

一緒にやってけない。

ダンナとは

ある程度の共通点があるから

安心して共同生活が

できているのだと思う。

 

それに、

「宇宙でただ一つ」

の個性なのだとすれば、

「同じ同じ!!で

 盛り上がる個性の人も居る」

という事になるので

別に「同じ」の会話をする人を

否定するわけじゃないんだけど。

 

これがわかると

なんかね、

今まかり通っている

社会の構造や

教育のあり方、

いろいろ

「おかしいんじゃないか、」

と思えてくる。

 

だいたいね、

朝早くに起きて

9時から働いたり

勉強したりしてという

「規則正しい生活」がイイ

という社会の常識も

元をたどれば

「支配者側の論理」

なんだよね。

規則正しい生活を

労働者に送ってもらわないと

労働者が仕事しなくなって

自分の懐が豊かにならないから

というだけだと思うんだよ。

だからそんなの取っ払えば

いいんだよ、

個人個人で

好きな時間に起きて

好きな時間に食べて

好きな時間に寝たって。

働かなきゃ暮らしていけない

という資本主義の中で

暮らしているから

規則正しい生活に

ならざるを得ないだけだ。

 

少々脇にそれた。

 

それに競争や

「人として〜で

 なければならない」

といった常識や

「〜する事が良い生活の手本」

とかいったりするのも

そういう「手本」を

CMかなんかで流して

世間の常識に仕立て上げて

「ソレ」を日常的に

買わせようとする

大企業の思惑でしか

なかったりする。

 

ファッションなんて

まさにそれだよね。

別にさー、

トレンドとか関係なければ

服なんて10年は持つでしょう。

同じコートを

20年も30年も着てりゃ

いいんだよ。

でも違うよね現実は。

「今年はチェスターが買い!」

とか雑誌に書いてあったら

世間の人はみんなそれに乗って

他にコートがあるのに

チェスター買っちゃったりする。

いいんだよ。

別に同じトレンチを

好きなら30年40年着てりゃ。

すぐに

「何あの人、ダサい」とか

悪口いう意地悪な奴が

悪いだけなんだから。

 

でもあれだよねー。

日本人て特に

「人の目」気にするんだよねー。

ちょっとでもハズれてると

すぐに「あの人」

とかいって

なんか言われてしまう。

また、言われてしまうのでは

ないかと感じてしまう。

それがあるから

「一般的な人」になってれば

無難だからといって

個性を消してしまうんだよね。

なんなんだろうね、

あの「人の目」ってさ。

 

あとすぐに人と比べるのも

ナンセンスだぞー。

私はあの人より

身綺麗にしていないとか

あの人の家より

片付いてないとか

掃除できてないとか、

あの人より

料理のレパートリーが少ない

とか。

どーーーーでもいいんだよ。

というか、

それぞれに得意分野、

不得意分野があるだけ。

誰にも得意分野もあれば

不得意分野もある。

逆に不得意分野が無い人なんて

存在しない。

というか私は

出会った事が無い。

見た事が無い。

だから、いちいち比べるのは

本当に本当に

時間の無駄。

何かにつけて

いちいち比べてくる人に

出会ってしまったら

逃げなさい!と

言おうと思う。

それよりは

自分の好きな事のために

思考力と時間を

費やした方が

幸せな生活が送れる。

 

いいんだよ少々

頭が悪くたって。

少々成績が悪くたって。

家事ができなくたって。

仕事ができなくたって。

こんなのも知らないのー?

常識だよーとか言う奴なんて

ほっとけ。

知りたくなきゃ知らなくて

いいんだよ。

バロック時代の作曲家なんて。

因数分解なんて。

元素記号なんてさ。

知りたきゃ知ればいい。

 

それよりも

自分は何が好きなのか、

何が得意なのか、

それを見つける事の方が

大切なんじゃないかな。

何か一つでも

自分の好きな事や

得意な事ができたら

その人は光り出すんだよ

たぶん。

 

それぞれの個性を

尊重する社会になれば

たぶんいわゆる

「スーツ」なんてのも

要らなくなるだろうね。

就業時間も無くなるだろうし、

学校の授業だって

小学校から

カフェテリア方式で

自由に科目を選択

できるようになるかもね。

で、得意分野だけ

伸ばしていけばいいんだよ。

 

そうそう、

「好きな事だけ」

してりゃいいのよ。

人生なんて。

「そんな事通用しない」

というのは

まさに私は

「支配者側の論理」

だと思うね。

その人の得意な事を

お互い提供し合えば

社会は成り立つと思うんだよね。

料理が得意で

料理を提供する人。

掃除が好きで

掃除サービスをする人。

運転が得意で

トラック運転で物流を

支えていく人。

教えるのが得意で

学校の先生。

キーを叩くのが得意で

レジ打ちの人。とか。

 

みーんな

好きな事だけをしてれば

みんなそれぞれ

光り出すと思う。

その、

少しずつ違う

光と光と光が

いーっぱい集まったら

世の中は大きな光に

なるんだと思う。

そこにはつまらない争いが

存在しないから

世の中、宇宙は

たぶん平和になるんだと思う。