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取り戻そう日本の美しさを

日本の美、日本の景観、日本人のこころ、日本らしさについて考えるブログです。

タラレバで自分の歴史が変わっても、なんだかんだで何か駄目だったと思う。

わたしごと

今週のお題「私のタラレバ」

 

久々に今週のお題

この今週のお題というのは

一種の頭の体操だ。

自分が予め考えてない

テーマがポンと出される。

出されてから初めて

それについて考える。

そしてそれに則して

文章を考える。

 

少し前は

こんな頭の体操なんて

余裕もなかったな。

今だから出来るんだろうな。

 

 

私のタラレバ。

 

 

私が今までの中で

一番辛かったのは

やはり鬱病

なので

私がよく考えてたのは

「もしあの時

 自分が鬱病

 なってなかったら」。

 

この鬱病ってのはねえぇ・・

もうとにかく

しょうがないんだ。

確かに目の前の情景は

全く悪くない。

なんたって、

衣食住足りてるんだから。

 

だけどとにかく

どうしようもなく辛い。

何をしてても辛い。

というか、

何もしたくない。

何もしたくないし、

先の事も分からない。

浮かばない。

人生の計画?

そんなもの

立てられる訳ないだろ?

というか

生きていたくない。

消えたい。

死にたい。

生まれてこなければ

よかった。

とまあ

本当にこのような

精神状態になるし、

それが何年も続くんだよ。

しかもこの状況を

もはや自分で

コントロールが出来ない。

 

 

後で分かったんだけど

これは「脳の疲労」から

きているんだってね。

 

人が何かをする時、

何かを考える時ってのは

本当に「脳」なしでは

なし得ない。

朝目が覚めたら

床から出て、着替えて、

歯磨いて、食べて、

荷物揃えて、

通勤の為家を出て、

何時迄に○駅に着いて

何時の電車に乗って

どこどこで降りて

この道使って歩いて

○会社へ辿り着く。

こういう事も

脳が働いてないと

出来ない。

 

また、将来自分は

どのようになっていたいか。

どんな所に住んで

誰と住んで、

どんな仕事をして

暮らしていきたいか。

これが描いた通りに

人生うまくいく訳

じゃないけれど、

ある程度

このようになっていたい

というビジョンは

誰でも描く。

特に中高生になって

「進路」というものを

決める時には。

これだってやっぱり

脳が働いてないと

出来ない事だ。

 

だから当然、

その大事な脳が

疲労していれば

上の二つの事は

非常に難しくなるし

困難な事になる。

 

私はこの、

将来をそろそろ決める時期

進路を大まかに描くべき

時期に鬱病を発症した。

 

自分の将来を

思い描くのは不可能だった。

出来れば

何もしないでいきたいし

明日にでも人生を

終わらせたかった。

とりあえず

出来るならば

今のこの自分の状態を

解明して、

治せるもんなら

治してみたかった。

そのくらいしか

自分について

考えられなかった。

 

 

そこでタラレバ。

その時の自分がもし

健常者だったなら、

とりあえず病的な

自分のこの状態の事なんて

考える必要がなかった。

考える必要がなかったし、

本当に自分がやりたい事が

見えやすかっただろう。

だからもっとマシな進路、

建設的な進路を

考える事が出来ただろうし

進めていただろう。

 

 

建築学科の大学へ

進むべく勉強してたかも

しれないし、

美術系だったかも

しれない。

迷ったとしても、

脳の疲れはないから

より良い判断力で

スパッと決めて

その道へ邁進していた

可能性は低くはない。

 

学校の授業も課題も

予め準備してこなして

単位も順調に取得、

大学は勿論、その先の

大学院に行ってたかも

しれないし、

沢山の企業からの

推薦を受けて

知られている企業に

見事就職、と

行ったかもしれない。

 

 

これが私がよく考えてた

タラレバの一つだった。

 

 

 

だけどねえ・・・

 

このタラレバコース。

やっぱり

なんか足りない。

足りないんだよ。

 

こういう順調なコースを

やっぱり今の時代も

世の子供のお母さん達は

望んでるんだろうけどサ。

だからお受験させたりさ。

 

だけど

やっぱ足りない。

 

これだったら

精神疾患になったとしても

今、自分が歩んできた

自分史の方が

いいかもしんない。

 

 

今までの私の人生は

決して世の中的には

良いとは言えない。

ニートだってやった。

精神疾患十数年の

有り難くないキャリア。

あと一歩で

生活保護受給者。

社会のお荷物。

いじめのようなものも

受けた事もある。

 

だけどこのくらい

辛い思いをした方が

良かったんだよ多分。

 

 

もし私がこういった

精神疾患に全くかからず

ずっと健常者で

過ごしてきていたら

人に対して

どのように接して

いただろうか。

 

身近に疲れやすい人が

いたとして、

その人に対して

根性論かなんかで

無理強いを

していたのではないか。

「疲れた?

 やる気がない?

 やる気がないなら

 出せばいいじゃない」

ぐらいな事を

平気で言ってたかも

しれないね。

「風邪引いた?

 病は気からだよ!

 しっかりしな!」

とか・・・

 

それに

鬱病統合失調症の人が

側にいるならば

平気で陰口を叩いていた

かもしれないし

小馬鹿にして

接してたかもしれない。

 

 

別の側面から。

 

私はそんな事を言いながらも

高校にも大学に行ったし

サークルのようなものも

入ったりした。

しかも結構そのサークルは

大人数、大所帯。

なんでその組織に

入ったかというと

半ば「流されたから」。

自分の意思が

しっかりしてれば

入っていなかった。

自分で自分の事を

しっかり考えてなかったから

ずるずると入ってた。

 

いろんな人がいた。

それはとても刺激だった。

いい人もいれば

悪い人もいた。

というより、

どの人にも良い面があり

そうでもない面があり、

短所は長所に化けるし、

外から見て恵まれてると

思えるような人だって

よくよく話を聞けば

なんかしらの悩みを

抱えているものだった。

 

大所帯の組織の

全員と接した訳ではなかった。

だけど大人数がいると

話をせずとも

その沢山の人の姿、

立ち振る舞いを見るだけでも

誰も見ないよりは

大いに勉強になった。

 

就職活動も

焦ってやって、

どうにか職には就けた。

しかし心身の調子が悪く

1年ぐらい経つと

休みがちになり、退職。

その後派遣やバイトを

転々とする事になる。

 

だけど職を転々と

してしまった事で、

それだけ職場が

変わったという事になり

接する人数累計が

増えていった。

ここでも

全員とは喋らなくても

目にする人数が増えた

という事になる。

深く知った訳では

ないけれども

少し多くの人を

知った事に繋がった。

 

仕事の場だから

厳しい人もいたし

(それは勿論私自身が

 未熟な為)

理不尽だなと思うような

事だってされた。

(これも原因は

 私の非常識の為

 かもしれない)

 

でも多くの人を知り、

人と接する事で

多くの経験をした事は

貴重なものだった。

 

しかしこれも

もし、

私が順調に進路に向かった

勉強一筋で

勉強を一生懸命やりたいから

サークルには入らない

バイトもしない、

勉強一点張りの生活を

学生時代に送っていたら

どうなっていただろうか。

 

勉強の成績は良く、

希望の進路に就職できても

非常識な人格で

もっと周りの人に

迷惑をかけていた

かもしれないし、

思いやりのない言動で

煙たがられていたかも

しれない。

異性で好きな人がいても

相手の気持ちを慮る

なんて事はできないから

強引な振る舞いをしたり

ストーカーまがいな

行動を取ってたかも

わからない。

結婚できなかった

かもしれない。

 

 

この

「タラレバ」のコースで

人生を送っていれば

勉強を積み重ねたから

仕事では専門分野で

何か結果を残して

いたかもしれないし、

何かの「肩書き」を

持つようになって

いたかもしれない。

社会的には名声を

得ていたかもしれないし

もしかしたら

wikipediaに自分の名前が

載るような事に

なっていたかもしれない。

 

でも本当に

その状態になっても

自分が果たして

「幸せ」だったかどうか

は分からない。

 

何かに渇望を

していたかもしれないし

愛に飢えてたかも

しれないし、

酒に溺れていて

表では必死に隠すような

状態だったかもしれない。

乾き切って顔の艶は無く、

年の割には老けていて

肌のハリは無く、

必死にファンデで

誤魔化していたかも

しれない。

 

男性には全く

見向きもされないか、

人を知らないから

変な男性に引っかかって

言葉巧みに騙されて

でも結局は裏切られて、を

繰り返して私生活は

ボロボロだったかも

しれない。

 

それでも

仕事が充実していて

それはそれで

充足感を感じて

暮らしているのかな。

「タラレバ」の自分。

 

 

確かに人生というのは

選択の連続。

それは間違いない。

 

だけど一見

「選択を誤った」と

思われる事も

実は後から考えたら

貴重な出来事だった

なんて事もあるだろうし

それに気づくのはだいたい

だいーーーぶ経った後

だったりする。

 

それから、

周りから「良い」と

言われるような生活だけを

送っている人は

私は皆無だと思う。

 

例えば有名人は

羨ましがられる。

人気者は

羨ましがられる。

美男美女は

羨ましがられる。

金持ちも

羨ましがられる。

 

だけど有名人は

喋った事もない人から

ネットで悪口を書かれる。

人気者は妬まれて

いじめられたり

足を引っ張られたりする。

美男美女は

モテるから、

自分が好きになった人に

好かれやすいかもしれない

けれども、

やっかいな人物も

引き寄せる事になって

トラブルを招きやすい。

金持ちは

買いたいものを買えるけど

人からたかられるし

妬みからの攻撃の的に

なりやすいから

生活は危険なものになる。

 

 

そう考えると

結局は今の生活が

一番良かったり

するかもしれない。

 

それから、

私自身は

鬱病になったけれど

これも身から出た錆で、

自業自得なのかもしれない。

 

過去、私は無意識に

誰かを傷つけたから

精神疾患になる事で

代償を払う事と

なったのかもしれない。

その実私は

幼い頃はもっと非情で

精神疾患だった同級生を

下に見て、避けたり、

小馬鹿にしたり

今思えば

してたんだから。

 

 

今回は究極に私ごと。

 

チラシの裏のような

今回の記事だが

(いつもだけど)

こんな一個人の

拙い経験、拙い文が

何かの役に立つんなら

本当に有難いし

役に立たずとも

最後まで見てくれたなら

申し訳ないぐらい

有難い。