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取り戻そう日本の美しさを

日本の美、日本の景観、日本人のこころ、日本らしさについて考えるブログです。

落ち着いて、穏やかであろうとする事。波動調整。

わたしごと

わたしごと。

 

やっと

「落ち着く」

「穏やかで

 あろうとする事」

の大切さが

今頃になって

より、分かってきた。

 

波動調整という言葉も

最近は使われたりする。

 

 

 

鬱病と診断された事も

ある事から、

「元気である状態」

というものを

私は今まで

あまりにも求め過ぎたようだ。

 

手帳の予定は

埋まっている程良く、

一日の中で

多く活動すればする程

良い生活だと

疑ってなかった。

 

常に元気で、

活動的で、

笑顔である事。

周りを明るくする事。

周りを明るくする人。

友達が多い人。

そういう人が

いい人だと思っていた。

 

おまけに

「社会的に認められた人」

という人が

「良い人間のお墨付き」

と。

 

勿論

根っからそういう性質の

人もいる。

自然な成り行きで

その人の持つ人徳のお陰で

成功者になっていった人

だって沢山いるだろう。

それはそれで良い事だ。

 

でも私は

そういう性質ではなかった。

出来れば表に出たいとは

思わないし、

外に出るよりは

家で黙々と絵を描いたり

本を読んだりする方が

落ち着くし楽しい。

人の集まりだって

そんなに好きじゃない。

 

だけどこういう

インドアな人は

ヲタク、引きこもりと呼ばれ

蔑む人がいるので

なるべく隠していた。

私は臆病だから

人に蔑まれるのが

恐怖だった。

結局は、全く

隠しきれなかったのだが。

 

高校大学の頃から

本当は独りで

何かをしていたいのを

我慢して

人と一緒に

なるべくいようとした。

 

大学や社会人時代の

何かの飲み会や

打ち上げのような会には

顔を出すようにした。

人が集まるサークルに

誘われたら入ってた。

本当は対人スキルを

もっと上げたかった。

上げられなかったが。

 

「微笑み鬱病

というものがある。

私はまさに

それだった。

鬱病だったのに

それをひた隠し、

笑顔だけ作って

その場に居ただけ。

明らかに不自然だった。

 

勿論

居心地の良い対人関係

や場所もあるから

そういう場合は

良かったが、

必ずしもそうでない

場合もあった。

でもそのような場でも

その場に居ようと

頑張ってしまった。

 

表面的に元気そうに

振舞ったりしていたので

無理が出てきた。

その無理で、

「浮き沈み」が

出てきた。

 

勿論本当に

楽しいと思う事だって

多かったけれど

楽しいという感情を

ダイレクトに

出し過ぎたかもしれない。

あまりに楽しみ過ぎると

疲れてしまう。

当然だ。

反動が来る。

 

躁鬱。

躁鬱の終わらぬ反復。

 

楽しみ過ぎた反動もあるし

無理して繕った反動からも

鬱はやって来る。

躁と鬱を

行ったり来たりする。

 

 

明らかにこの状態は

「波動」という言葉を

使うとするならば

「波動が荒れている」。

整ってない。

 

この波動の荒れは

人にも迷惑を掛けた。

感情がぶれ過ぎて

攻撃的にもなった。

 

その攻撃的な状態を

抑えられない時があり、

更に迷惑を掛けた。

 

攻撃性を表に晒した事は

幼いと思われたろうし

そりゃあ、

こんな状態じゃ

陰口の一つも

叩かれよう。

からかわれの一つも

されるだろう。

こんなツッコミ所満載の

変人さんには

ちょっと意地悪だって

したくなるに違いない。

自分の不徳が招いた事なのに

それをまた

人のせいにしてんだから

世話ない20代、そして

30代前半だった事だ。

自分の事も

振り返らずにね。

つまり

ガキだったって事だ。

 

 

 

もう少し

落ち着く事が大切だ。

大切だった。

意識して

落ち着こうとする事。

「淡々」とこなす事。

 

 

「淡々」という言葉は

昔は無機質な感じがして

あんまり好きじゃなかった。

「中庸」という言葉、

「平凡」という言葉も

半端、とか思っていた。

 

勿論、

嫌いな人は嫌いで良い。

煌びやかな、

浮き沈みのある

ドラマチックな

人生だってありだ。

 

しかしどうも

私自身は

もっと「淡々」で

良かったのかもしれない。

 

周りに流されて

「淡々」「中庸」「平凡」

という言葉を

つまんないと

嫌っていたようだ。

 

 

やはり

人から蔑まれるのは

心地は良くない。

誰だって失敗はあるから

誰だって

蔑まれる経験は

持ってる。

それを超えられる人、

超えられない人。

 

それでも前に進む事。

それが大切だと思い、

実際進む事も出来た。

でも折々の時に

フラッシュバック

してしまう時がある。

 

そういう時は

正直辛い気持ちになる。

しかしそういう時に

落ち着こうとする事が

良いみたいだ。

とにかく呼吸を整える。

深呼吸だけでも

してみる。

1回で駄目だったら

5回、やってみる。

それでもだめだったら

10回やってみる。

1分間、やってみる。

3分間やってみる。

5分間に延長してみる。

 

そのうち

眠くなったりする。

 

それでいいのかもしれない。

 

寝られない時もあるから

そういう時は

やらなければならない事を

とにかく手を動かして

やりながら

呼吸を整える。

そう、

呼吸を整えながら

「淡々と」

とにかく目の前の事をやる。

 

そのうち

そのやっている事に

没頭する事で

忘れる事が出来る

場合がある。

 

 

こんな感じで

やり過ごす事が

生活を進める。

 

精神的に成熟した人は

きっと当たり前に

やっている。

 

こんな事を

この歳になって

気づくなんてね。

実にまあ

偏った人間で

ある事よ(>自分)。

 

こんな不器用で端者の人間が

社会情勢とか

日本のブンカとか

都市景観とかなんとかで

意見してんだから

説得力の一つも

あったものではない。

 

でも

きっとみんな

なんかある。

きっと誰も

何か抱えて

持て余してるんだね。

 

対人関係苦手だった私でも

人とじっくり話す機会は

それなりにあった。

表面的には

いつも元気で

悩みなんかなさそうと

言われやすい人でも

いざよく話すと、

必ず何かしらの悩みを抱えてて

辛い思いをしている。

しかも一人の例外も

なかったんだよ。

 

みんな何か抱えてる。

「隣の芝生は青い」。

幻想なんだよね。

 

 

それでも、

今日一日を

無事に過ごせた事に

感謝をするとともに

少しずつ何かを

積み上げてったり

改善していったり

する事なのかな。

 

 

「もういいよ」と

寿命が来るまで

自死なんて考えず

なんでもいいから

いびつだっていいから

生きていこうと思う。

 

 

以上

チラシの裏のような

今日の記事でした。

(いつもか)

 

こんな記事が

何かの役に立つなら

いいんだけど・・・

 

追記:

そうそう、

気持ちを落ち着かせよう

と思う時、

深呼吸や、

そこまでいかなくても

ゆっくりめの呼吸を

暫く続けるのも

良いのだけど、

音(音楽)に助けを

借りるのも良いですね。

 

アプリやHPに

Tune inというのが

あるけれど

あのアプリの

「ブラウズ」

→「音楽」に入ると

様々なジャンルが

出てくる。

その中の特に

ニューエイジ

アンビエント

あたりはおすすめ。

 

YouTubeだと

こんなのとかを

弱めの音量で掛けるとか。

ヒーリング用音楽, 瞑想用音楽, ヒーリング用音楽, リラックス用音楽, チャクラ, 安らぎとストレス・リリーフの音楽, リラックス, ✿2998C - YouTube

 

眠りにつきたいのに

寝られない時は

こんな感じのを

微量の音量で。

眠り用音楽, 睡眠のための安らぎの音楽, デルタ波, 不眠症, リラックス音楽, 8時間 眠り, ☯2992 - YouTube

 

 

みなさまの不安や

胸のザワザワが

少しでも取れて

穏やかで幸せな日々を

過ごせますように。